様々な自治体において移住や観光を促進するためのPR動画の作成が、盛んに行われるようになっています。(地域活性化ニュースで取り上げてきた関連ニュースはこちら→「検索:PR」)この理由としては、YouTubeが自治体や観光協会などのPR活動などにも活用され始めてきたこと、または「全国移住ナビ」掲載用にPR動画を作成する必要が生まれたことなどが挙げられます。そのような背景として、コンテンツマーケティングの考え方が日本で盛んになっていることが挙げられるでしょう。
(コンテンツマーケティングとは)
コンテンツマーケティングとは、顧客にとって価値のある体験を伝達すると同時に、送り手が伝えたい情報を伝達することによって、送り手が望んでいる消費行動を取ってもらうようなマーケティングを指します。
こういった視点からするとPR動画は、「面白い動画(顧客にとって価値のある体験)を通して、その土地の情報(送り手が伝えたい情報)も伝え、観光や移住という行動(送り手が望んでいる消費行動)をとってもらう」ということを目的としたマーケティング行為と言えます。
バズれば成功、なのか?
こうした背景を受けて、自治体の「面白い系」PR動画が大量に制作されています。その中でも近年大きな話題になったPR動画として、小林市の動画(オチの俊逸さで話題に,youtube再生回数170万回以上)と大分県のお風呂でシンクロ動画(同じく100万回以上)などの動画がありました。
このように一見PR動画は大きな成果を上げているように思えます。
しかし、多くの自治体のPR動画を実際に見てみた、あるいはそれがSNSで話題になっているのを見てみたところ、「バズった(SNSで大きな話題になった・再生回数が極めて多かった)」動画が必ずしも移住や観光の促進という最終目標に結び付かない、という「落とし穴」に陥る可能性があるように感じています。この「落とし穴」の詳細、そして「落とし穴」に陥らないPR動画の作成について、PR動画の目的を解説した上で、3つのポイントから論じていきたいと思っています。
目的はリーチ数×コンバージョン率であることを意識すべし
PR動画の目的は何でしょうか。再生数を上げることでしょうか、それともSNSで話題になることでしょうか。両方違いますよね、目的は見た人がその土地に対して、旅行・移住という選択を行う「きっかけ」となることでしょう。
「動画が旅行・移住するきっかけになった人」は、最も簡単に掛け算で考えると以下のような計算式に分解することができます。(この、「掛け算で考える」という考え方、通助でよく利用しているものですが、極めて重要な考え方です。詳しくはリンク先で説明しています。)
動画が旅行・移住するきっかけとなった人=
動画を再生した人の数×そのうち実際に行動した人の割合
有名になったPR動画に関しては、前者(再生した人の数)は申し分ないといえます。しかし、後者(そのうち実際に行動した人の割合、以後コンバージョン率[ conversionは「転化」を指す英語です。普通にサイトを訪れる人から、見込み顧客など、より高い興味を持つ人に「転化」した割合を指す言葉として利用されています]と表記します)の部分を最大化することが必ずしも明確に意識されていない、という問題点があることが分かります。片方が高くとも、片方が0であれば、答えはゼロになってしまうのです。
通助では、移住・観光をPRする動画(特に移住促進動画)は「コンバージョン率」のほうを重要視するべきであると主張します。その大きな理由は、移住・観光という行動が持つ3つの特徴があるからです。それは、
- 移住・観光は気軽な行動ではないから
- 少数のターゲットの1位になる必要があるから
- ユニークな価値の発信がおろそかになるから
です。以下ではこれについてひとつずつ説明していきます。
1.「移住・観光」では特にコンバージョン率を意識すべし
コンテンツマーケティングの議論においては、「誰に対しても面白いコンテンツ」で集客された人のコンバージョン率は低くなることが議論されています。Facebookで流れてきた面白い動画を閲覧したけど、その動画の目的であるモノの購入まで至らない、というのは日常茶飯事ですよね。そういった性格を踏まえて「誰に対しても面白いコンテンツ」は、比較的購入まで至るハードルが低い消費財や、ネットで即決購入できるような商品向けであるとされています。
では、移住・観光はハードルの低い選択でしょうか?そうとは言えませんよね(逆に、ハードルを低くできる観光地、例えば大都市圏近郊で、日帰り観光ができる観光地であれば実践する価値はあると思います、顧客単価は下がりますが)。旅行は一回の消費額が大きな行動のひとつです。動画が面白かったからといって、時間的・金銭的コストが大きい地方部の旅行地に行くことを検討するでしょうか。
ましてや移住。人生において多くても数回の行動であり、即決することはできません。観光・移住といった消費の性格を考えると、動画が面白いからという理由でその地域の移住相談会に足を運ぶ、という思考は必ずしも多くないように思います。
2.少数のターゲットの「1位」になるべし
移住・観光といった分野のPRを行う上では、「小規模なターゲットに高いコンバージョン率でアプローチする」手法をとることが最も望ましいのではないかと考えています。なぜなら人は「移住・観光優先度1位」にところにしか行かないからです。1位でないのであれば、2位でも最下位でも「その土地を選ばない」という部分において、意味は変わりません。そう考えるのであれば、「多くの人が2位を選ぶ地域」よりも、「少数の人が1位を選ぶ地域」を目指していかなくてはならないはずです。
移住・観光に対する即決の難しさを踏まえると、「面白PR動画」はまさにこの「万人が面白いと感じるけど、優先度1位にはならない」ということになりかねないものではないかと考えています。面白動画を擁護する意見として叫ばれる「注目されなくては意味がない」は事実ですが、「注目されても意味がない」もまた事実です。
(弊社ブログでこの部分はさらに詳しく説明しております、こちらも併せてご覧ください。)
株式会社ホジョセン「マーケティングの補助線」:欲張らない
株式会社ホジョセン「マーケティングの補助線」:2位じゃダメなんでしょうか?
3.ありきたりな地域アピールから脱却すべし
今まで述べてきたことに対しては、「面白くすることで再生回数を上げながらも、地域の魅力が最大限伝わるように努力すればいいのでは?」という反論が可能です。小林市の移住促進動画、あるいは大物俳優を利用した愛知県の観光促進動画などにおいても、地域の魅力を伝えようとする取り組みは行われているようにも感じます。しかし、そもそも最も重要な「ありきたりな地域アピールからの脱却」という部分の意識が必ずしも明確ではないように感じています。
例えば小林市の観光促進動画のアピールポイントは、「自然の豊かさ」「食材のおいしさ」「人の温かさ」などです。多くの自治体が移住促進の際に「大自然アピール」に終始していることは以前指摘しました(移住政策を考える人のための「移住・交流情報ガーデン」「全国移住ナビ」入門)が、必ずしもそういった安易な「自然・地方部」アピールから脱却できているとは言えない印象を受けます。愛知県の動画においても、観光スポット、食材、イベントなどが紹介されていますが、統一されたコンセプトやストーリーが必ずしも明確でないように感じます。
PR動画において最も重要なのは、間違いなくその部分です。「ありきたりな地域アピール」から脱却し、どのような価値を伝えていくのか、という部分のほうをより考えていく必要があったのではないかと思っています。
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近年、コンテンツマーケティングの知見を生かした多くのPR動画が作られるようになっています。そのこと自体は間違いなく望ましいことであると思うのですが、その一方でバズることを大きな目的とし、掛け算の一ヶ所しか見ていない動画が増加することは、必ずしも持続的な地域活性化につながるものではないでしょう。
本記事で説明してまいりました地域ブランドの育成に関係したものとして、本ブログの運営会社である株式会社ホジョセンでは、地域ブランド・地域ストーリー作りの課題について述べたレポートを発表しております。無料ダウンロードできますので、こちらもどうぞご覧ください。
ポイント
- PR動画は再生した人×コンバージョン率の積を目的とする必要があります
- 少数のターゲットに向けて、コンバージョン率が高くなるようにPR動画を設計しましょう
- 「ありきたりな地域アピールから脱却すること」に、まず尽力するべきでしょう