【福島・宮城・岩手】旅行代金半額補助:止めるべきだねというお話(追記2箇所あり)

福島県、宮城県、岩手県の被災三県が、宿泊代を始めとする旅行代金等の半額補助を決定したというニュースが1ヶ月ほど前からちらほらと出ています。この動きは鳥取県、徳島県といった被災地ではない県にまで伝播していっているところから想像するに、観光集客に悩む自治体にとっては非常にわかりやすい施策だということでしょう。

マーケティングの観点からこの施策を検討すると、多くの問題点をはらんでいるということができます。それはどのようなものかをご説明する前に、そもそもの政策目的から考えてみます。

観光消費を稼ぎたい=目的は正しい

なぜ自治体がこうも観光に熱心になるのかというと、観光は地域外からの資金獲得をもたらすものであり、経済効果として域内の経済循環を活性化するからです。経済効果には直接効果と間接効果があり、観光でいえば直接効果とは「ある施策によって観光客が地域内で消費した金額の増加額」に相当し、間接効果は、「直接効果によって地域内の産業に波及される需要増加額(間接一次効果、一次波及効果とも)」と「直接効果および間接一次効果によって儲かったことによる雇用者所得の増加分のうち、消費にまわされることによって地域内の産業に波及される需要増加額(間接二次効果、二次波及効果とも)」の和になります。

波及効果もふくめて考えると、福島県において観光は経済効果の効率性の観点で考えると非常に高いことがわかっていますし(観光庁の調査研究による。pp. 115-118)、岩手県、宮城県においても効率がいいという分析結果が存在しています。

これらから、被災三県が観光消費を盛り上げたいと考えることは、ある程度合理的だと言えると思います。

廉売による観光客増=手段として正しいか?

経済効果のキモは、まずは何より直接効果です。間接効果は、直接効果が発生してはじめて顕在化してくるからです。直接効果=観光消費額の増加分ですので、観光消費額をどうやって増やすのかを検討する必要があるというわけです。

通助の過去記事掛け算で考える、で紹介した考え方を使うと、観光消費額は以下のような掛け算で表現することができます。(入込客数・商店街活性化などについて考える際に、非常に役に立つ考え方なので、こちらもご覧ください。)

観光消費額 = 観光客数 × 平均消費金額

掛け算で考える


つまり、観光消費額を増やしたければ、観光客数を増やすか、平均消費金額を増やすのどちらかが絶対的に必要であるということです。今回の旅費交通費の半額補助は、「観光客数」を増やすことを企図したものであるのは明らかです。

宿泊費半額補助等からも見えてくるように、遠方からの観光客を中心に狙いを定めていて、かつ、東北に行く・滞在するための高い旅費がネックとなって東北に来ていない人を呼びこむ施策でしょう。一見すると非常に合理的ですが、以下のような問題がありそうです。

問題点その1:期待されるインパクトの限界〜ものすごく楽観的に見積もって12億円程度

まずは、施策効果の期待値がそこまで高くないことでしょう。楽観的に見積もって12億円程度、実質的にはもっと低い数値だと思います。

(3/18 追記)
これはちょっと低すぎたかもしれませんが、楽観的に見ても最大18億程度までだと思います。
(追記ここまで)

根拠は以下のとおり。

9億円の財源に対し、ひとり1泊5000円まで使用可能=業者の取り分がないとすると、のべ18万人の観光客が利用可能です。ぜったいにありえませんが、18万人すべてが「純増」、つまりこのサポートがなければ福島に来ることがなかった人だと仮定すると、18万人の観光客増になります。

福島県ののべ観光客数は、年間4,831万人です。つまり、純増するのは

18万人 ÷ 4831万人 = 0.37%

にすぎません。

福島県の観光による経済効果(間接効果含む)は、3310億円。宿泊客の平均消費金額は全体平均よりも高いとは思いますが、一方で廉売に釣られてきた観光客なので全体平均程度と仮定すると、この施策によって得られるであろう経済効果は、18万人すべてが純増だという超楽観的な計算をしても、

3310億円 × 0.37% = 12億円

にしかなりません。何度も繰り返している通り、これは超楽観的に計算していますので、実質的にはこれよりももっと低いと考えるべきではないかと思います。8〜9億円を使用して12億円の経済効果はポジティブではないかと思われる方も多いかもしれませんが、楽観的な算出であることと、次以降に挙げる中長期的な問題をはらんでいることを考えれば、本当に実施すべき施策なのか疑問が残ります。


(3/18 追記)
さすがに宿泊客を日帰り客も含めた経済効果の平均とみなすのはやり過ぎかと、少し反省しました。仮に1.5倍程度の経済効果だとすると、

3310億円 × 0.37% × 1.5 = 18億円


となります。

とはいえ、この18万人をすべて純増だと仮定していること、旅行代理店を経由する必要があることによる経済効果の外部流出などを含めていないことから、その実質的な経済効果には疑問が残るという結論には変わりがないと考えています。
(追記ここまで)

問題点その2:ブランド毀損リスク

ブランドを考える際、以下のような「公式」をフレーム化して考える事があります。

価値 = ブランド力 ÷ 費用


安売りセールは分母の「費用」を低減させるため、一時的に「価値」が上がったように見えます。だから売れるのですが、ずっとその値段で売っていると消費者の中に「そういうものだ」と根付いてしまって、もとの価値に戻ってしまいます。つまり、安い費用で昔と同じ価格=ブランド力が低下した状態を迎えることになります。(この画像は、弊社がコンサルティングやセミナーでよく使用しているスライドです。本スライドが含まれたパワーポイントデータはこちらから無料でダウンロードできます!ご覧ください!)

今回実施している、宿泊費ないしは旅費交通費の半額補助というのは、この安売りセールと同じなんですよね。「半額だったら行く」というのは、「半額じゃないと来ない」ってことで、それだけ自分たちの持つ観光価値を貶めているのと同義です。平成27年度はいいかもしれませんが、リピート訪問を促すためにはしっかりとした「ブランド」による体験価値を提供しなければいけません。

マーケティングでは、Quality of Trial(トライアルの質)という考え方があります。しっかりとしたリピートを獲得するためには、きちんとしたTrialを獲得することが重要で、だからこそTVCMで事前にバイアスをかけたりFMOTといわれる店頭対策をおこなうわけです。ただ単にトライアルを取ればいいというのではなく、質の高いトライアルをとることがマーケティングにおいて非常に重要になってきます。

今回の福島・岩手・宮城等の宿泊費・旅費半額補助は、廉売に相当するためQuality of Trialにおおきな課題が存在しています。せっかくのお金を一過性のリターンで終わらせてしまうリスクが非常に高い施策だと言えるのではないでしょうか。

いまからできることは?

とはいえ、やると決まってしまったわけですから、それを最大化するようなプランを考える必要があります。どこまで決定されていてどこからは修正可能なのかわかりませんが、ざっくりと考えると対処すべき点としては、

  • 消費金額の多い観光客に使ってもらう
  • 極力補助金なしでは来なかったであろう観光客に使ってもらう
  • 心からすばらしい期待をおおきく超える「体験」を必死で提供する

あたりに集中するのがいいかと思います。具体的なプランを考えるのはここではやりませんが、しっかりしないとお金無駄になっちゃうよ、頑張りましょう。

本記事で紹介いたしましたスライドが含まれたパワーポイントデータをこちらから無料でダウンロードできます!こちらも併せてご覧ください。

地域ブランドの育成における課題〜企業におけるブランディングとの比較から〜

ブランド力を向上させるためのヒントは、通助でも何度か取り上げてます。興味のある方はこちらの記事もご覧下さい。https://tsu-suke.jp/casestudy/874

地域ブランドにはストーリーが必要だといわれるが、そもそもストーリーってなんだろう?

ポイント

  • 廉売してもいいことないです、しっかりと価値を高めることに注力しましょう