「神戸インク物語」から見る“コト売り”の可能性(株式会社ナガサワ文具センター)

今回は、日本全国だけでなく、世界各国からも注目を集めている株式会社ナガサワ文具センターへ取材しました。インタビューにお答えいただいたのは同社の商品開発室、竹内直行氏とマーケティング部、宇高雅也氏です。取材では、今や世界中から注目を集める「神戸インク物語」の開発秘話や地域活性への想い、マーケティング戦略について伺いました。

名称未設定
(写真左から、宇高氏、「La lettre de Kobe」店長:橋本成美氏、竹内氏)

会社紹介
株式会社ナガサワ文具センター(以下ナガサワ文具センターと記載します)は明治15年に創業して以来、地元神戸を中心に、近畿一帯で広く親しまれている文具店です。文房具を始め、ブックカバーやペンケースといったオリジナル商品の販売もしています。その中でも、神戸の地名を冠した「神戸インク物語」は、海外からも高い注目を集めています。
http://www.kobe-nagasawa.co.jp

商品陳列(店内)
(奥に並ぶボトルが神戸インク物語)

震災を乗り越えて〜神戸の美しい色で感謝を伝えたい「神戸インク物語」開発秘話

「神戸インク物語」はどのようにして生まれたのでしょうか?

「神戸インク物語開発のきっかけとなったのは、“神戸の綺麗な色でお礼の手紙を書きたい”という想いが最も大きかったからです。阪神淡路大震災(1995)の立て直しの際にお世話になった方々へ、感謝の想いを神戸の色で伝えたいという気持ちから開発に踏み切りました。」

現在52色ある品揃えも最初は3色から始まったと聞いています。最初の3色はどのように決めたのでしょうか?

「私の好きな神戸の象徴的な表情を切り取りたいという想いがありました。六甲山の山々をイメージした“癒し”の『六甲グリーン』、海に生える青空をイメージした魅力あふれる『波止場ブルー』、日暮れの美しい街並みをイメージした“神戸らしさ”の『旧居留地セピア』の3色をまず世に送り出しました。」と、竹内氏。

発売当初、周囲はどのような反応でしたか?

「神戸の綺麗な色で(震災の際の)お礼の手紙を書きたい」というコンセプトに共感してくださる方が多く、喜んでいただけました。商工会議所を始め、様々なメディアに取り上げていただくと、さらに多くの方に手に取っていただき、「ありがとう!応援するよ」と店頭で握手を求めて来られる方もいらっしゃいました。」

様々なメディアに取り上げられたとの事ですが、自ら広告を出すなどの販促活動は行っていなかったのでしょうか?

「はい。広告等は一切行っておりません。神戸インク物語の宣伝は口コミと、取り上げていただいた記事ですね。初めは万年筆やインク好きのコミュニティの中で、今ではSNSなどの口コミで拡散いただいています。売り上げよりも、それ以上に「神戸の魅力を発信したい」という想いがあり、“顧客ではなくファンを作りたい・増やしたい”という考えの下で営業活動を行っています。そのため、広告によるマスへの発信では無く、店頭や講演などのイベントに来ていただいた方への対応などに力を入れています。建築家の安藤忠雄氏を始め、著名人の方に紹介いただきました。また、現在、神戸市内において開催される文化イベントとのコラボ企画を具現化していることも、広く知っていただけるきっかけとなっています。」

展示会コラボ
(神戸インク物語の展覧会コラボ限定商品。完売が続く人気商品です。海外からも問い合わせが多く、購入制限を設けるほどです。)

口コミで広がった神戸インク物語は開発当初に比べ、どのような変化を遂げていますか?

「客層の変化が起こっていますね。始めは万年筆にこだわりを持つ方がインクを購入していたのですが、最近では、「インクを購入したい」というところから入り、どの万年筆が良いかと考え購入されている方が増えてきました。女性ファンや海外のお客さんも増えてきましたね。」

それまでは万年筆自体がステータスであり、インクはその付随品として考えられていたのが、今ではインク自体がステータスとなり、インクを活用するための媒体として万年筆を買うという転換が起こっていることは、非常に興味深い点です。これは、ナガサワ文具センターが神戸インク物語を“インク”という商品ではなく、“魅力発信の媒体”として開発・販売を行った結果であると思います。

また、口コミにこだわったという点に関して、お金をかけた広告は認知度をあげるには適当であると思われる反面、どうしても情報が一方通行になってしまうため「胡散臭さ」が出てしまいがちです。口コミにこだわった事で、品質の良さが保証されたと言えると思います。また、「知る人ぞ知る」というニッチさが、神戸インク物語を持つことのステータスを底上げしてくれているのではないでしょうか。

海外の人の中にも神戸=おしゃれという感覚はあるのでしょうか。

「残念ながらその感覚はあまりないですね。様々なインクの色やコンセプトが人気で売れています。特に人気なのは、北米や東南アジアで、時折「全色送ってほしい」という声が出るほどですね。来日した際にわざわざ店頭に足を運んでいただき、購入されていく方も多いですね。」

記事紹介

コンセプトを大事にしているという事ですが、海外の人に売る際に日本人と異なるような取り組みを何かされていますか?

「現在のところ海外向けのHPなどはありません。国内外問わず店頭に来てくださるお客さんを大事にしたいため、HPなどは二の次になってしまっているのが現状ですね。生産量の問題もあり、さらなる販路の拡大に踏み切れない面もあり、今後の課題です」と宇高氏は語っています。

コンセプトの統一が多くのサブブランドを構築する

非常に興味深い点は、一貫して「コンセプトの販売」を掲げているところです。全ての商品に、「神戸の美しい魅力を発信したい」というコンセプトが通っており、神戸インク物語がブランド化していることは当然ながら、その中の各商品(「六甲グリーン」や「旧居留地セピア」など)がそれぞれサブブランドとして認識されるようになっています。マーケティングにおいて重要な「コト売り」思考がしっかりと生かされているのではないでしょうか。
(コト売りに関しては、こちらの記事も是非ともご覧下さい。)

モノ売りからコト売りへ ~長期顧客を獲得したければ、感情的インセンティブを刺激すべし。

当初、文房具雑誌を中心に掲載されていたものが、今では専門誌に限らず、生活雑誌にも取り上げられ、「神戸インク物語」を使うことがステータスとなっています。機能的インセンティブに加え、「他の人に話したくなる」「使っていることが誇らしく思える」という感情的インセンティブがあり、類似商品ではなく、神戸インク物語ではないといけないという、唯一無二性が築き挙げられているのではないでしょうか。

「インクの他メーカーはライバルではなく、共に業界を盛り上げていく仲間。インクの魅力を知ってもらい、弊社の商品を介して神戸の魅力を知ってもらいたい」という姿勢も魅力的です。

インタビュー風景

取材を終えて

「現在は手書きの文字を書く機会もぐっと減ってきました。だからこそ、手書きは喜ばれ、個性も出しやすくなってきています。インクとして自分好みの風景の色を生活に取り入れてほしい」という言葉が印象的でした。
取材後、案内いただいた販売店の店名は、「La lettre de Kobe(神戸からの手紙)」。開発当初の想いが貫かれていました。

竹内氏は現在、地域大学やシルバーセンター、カルチャースクール、大学などで講演活動を行っています。開発秘話や販売戦略、万年筆の使い方の話をする中で、「神戸の美しい景色、魅力を多くの人に親しんでほしい」という想いが常に念頭にあるとのことです。

商品(会社内)
(本社に展示されているこれまでの記念商品の数々)

宇高氏も触れていた点ですが、当初に決めたコンセプトをブレることなく貫くということは重要ですが、簡単なことではありません。商品ではなくその先のコンセプトを売るという意識は通助にても何度か述べています。

実際に取材に行き、私もファンになり父の誕生日に買っていこうと心に決めました。人に贈りたくなる、その商品を語りたくなるというコンセプト設計こそが口コミを呼び、広がりを見せていく原動力となっているのではないかと実感しました。


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