亀谷窯業に学ぶ地域企業の拡大戦略

デザインを軸に多様な活動をしているシーラカンス食堂が関わっているという石州瓦の事例を聞く機会に恵まれました。石州瓦は島根県石見地方で生産されている粘土瓦で、1200度以上の高温で焼くことによって独特の赤い色が美しい瓦です。石見にあった数多くの瓦業者が廃業していったとのことですが、亀谷窯業は独自の戦略でその生き残っているようにみえます。

亀谷窯業の瓦の特長は、石州瓦の中でも高温な1350度もの高温で焼成しているという点。他の石州瓦業者が1200度程度で焼いているにも係わらず、1350度の本来待瓦(ほんきまちがわら)にこだわり続けています。1350度の高温で焼成することにより、耐久性、耐熱性、耐水性に優れた瓦ができる一方で、窯への負荷が高く大きな設備投資が必要になるそうです。

(*) 写真はイメージです

3 つのポイント

亀谷窯業のとった方針の中で、注目したいのは以下の3点です。

  • タイルを生産した
  • 直火焼耐熱瓦や瓦食器へと進出した
  • 瓦や瓦食器、タイルを売り込むための販路開拓を行った

1点目は、同一カテゴリ内における拡張です(Horizontal Expansion または Lateral Expansion: 水平拡大)。つまり、建材道具という枠組みの中で動くものの、瓦とは違うエリアに進出することで機会を増やすという方針。その耐熱性を利用して暖炉や煙突周りのレンガの代替として、また、ひとつひとつが窯の火に依存するという性質から必然的に生じるその色ムラを、欧風のモザイクタイルの代替として提案しています。本来待瓦の特長である耐久性、耐熱性、吸水性を活かしつつ、同一カテゴリ内での製品化によって主要顧客から更なる機会を得ることができる非常に参考になる拡張方針と言えるのではないでしょうか。

他方2点目は、別カテゴリへの拡張です(Vertical Expansion: 垂直拡大)。瓦自体はそのままに、ただしその使途を拡大していきました。山口県の瓦焼きそば、淡路島のイノブタの瓦焼きなど、全国に瓦焼の名物は存在しているのですが、数回使うと割れてしまうという欠点があったそうです。その点、本来待瓦は非常に耐熱性が高い。それによって、何度直火焼をしても割れない瓦として成功を収めました。そして直火焼瓦から派生して、和食器としても存在感を増しています。

3点目は、いわゆる営業活動にあたります。非常に興味深いことに、もともと亀谷窯業には販路開拓という概念がなかったそうです。これはとりわけものづくり企業にしばしば見られる姿勢で、良い物を作っていてもそれを知ってもらう機会を提供していないことがあります。亀谷窯業は、グルメ&ダイニングスタイルショーといった見本市へ積極的に出展することで、販路の開拓に成功しています。

ブランドを守り、育てるということ

このように、亀谷窯業から学ぶことは多いのですが、この成功の裏にある重要な事実にも気づいておく必要があるでしょう。

それは、亀谷窯業が「ブランド」というものを、意図的か無意識かはともかく、心より大切にし、守り、そしてそのブランド価値を棄損するようなことに対して、たとえ短期的にはリスクがあったとしても、強く否定してきたという事実です。そしてそのブランドの強みをしっかりと理解し、活かしきった。創業以来200年の伝統を守り、安易な大量生産や設備投資負荷軽減に走らなかったからこその2種類の拡張の成功だといえるでしょう。

その意味で、亀谷窯業は非常に恵まれた所からスタートができたのではないでしょうか。会社全体がブランドを守るという意味で一致団結しており、ただただそこにはデザインを含めたマーケティング戦略や販促戦術の不在というチャレンジがありました。普通はこうはいかないように思います。ブランディングの最たるチャレンジは組織の文化の醸成であり、社員全員が全員でブランドの価値を守り、高めようとするようになるのは非常に大変な道のりとなります。しかし、この点においては、一般的には地域企業に一日の長がある事が多いように思います。


本記事で説明してまいりました地域ブランドの育成に関係したものとして、本ブログの運営会社である株式会社ホジョセンでは、地域ブランド・地域ストーリー作りの課題について述べたレポートを発表しております。無料ダウンロードできますので、こちらもどうぞご覧ください。

地域ブランドの育成における課題〜企業におけるブランディングとの比較から〜

ポイント

  • 質の高いものを作っているだけでは、もう売れなくなってきている。成長戦略を立てることが必要
  • 自分たちの持っている強みをしっかりと認識することで、柔軟な拡大戦略を可能とした
  • 自分たちの強みに照らして、同一カテゴリ内での拡大可能性を考える
  • 同様に、自分たちのもっている強みが、他カテゴリの問題を解決できないかを考える
  • 「のれん」「ブランド」を大事にしてきたことは、非常に大きな武器となる。これは、地域の中小企業が大企業よりも優れている可能性の高い点のひとつである